バッハとショパン、同じように弾いていませんか?

9月にピアノコンサートグレードという演奏会形式のグレード試験があります。
課題曲と自由曲の2曲を演奏してもらいアドバイザー2名が評価とコメント、そして合格したら合格証がもらえます。選んだ曲によって、その曲にふさわしい弾き方をすることが大事になってきます。
ピアノの演奏って時代によってふさわしい弾き方があるってしってますか?
ピアノの「時代による弾き方」の違い
ピアノを習っていると、先生からこんなことを言われることがあります。
「バッハだから、もう少し音をはっきりさせて」
「モーツァルトは重たくしないで」
「ショパンだから、もっと歌って」
同じピアノを弾いているのに、どうして作曲家によって弾き方を変えるのでしょう?
実はクラシック音楽では、作曲された時代によって、楽器も音楽の考え方も大きく違います。
だから楽譜に書かれている音を正確に弾くだけでは、その曲らしさが十分に出ないことがあります。
今回はバッハからショパン、そして近代の作曲家まで、ピアノの「時代による弾き方」の違いを見てみましょう。
① バッハの時代――「音の設計図」を聴かせる
J.S.バッハ(1685~1750)が活躍したのはバロック時代。
ここでまず知っておきたいのは、バッハの鍵盤作品の多くは、現代のグランドピアノを前提として書かれたものではないということです。
当時使われていた代表的な鍵盤楽器には、チェンバロやクラヴィコード、オルガンなどがありました。
現代のピアノのように、鍵盤を強く叩けば大きな音、弱く弾けば小さな音……という表現方法が当たり前だったわけではありません。
そこで重要になるのが、
「音と音の関係」
です。
バッハの音楽では、右手がメロディーで左手が伴奏、とは限りません。
右手にも左手にもそれぞれ独立した旋律があり、それらが会話をするように進んでいきます。
これを「対位法」といいます。
バッハを弾くときのポイント
現代ピアノでバッハを演奏するときも、
- それぞれの声部を聴き分ける
- 音の始まりと終わりを意識する
- ペダルに頼りすぎない
- 装飾音にも意味を持たせる
- リズムの骨格を大切にする
といったことが重要になります。
全部の音を豊かにつなげてしまうと、せっかく精密に組み立てられた音楽の構造が見えにくくなることがあるのです。
イメージするなら、バッハは**「美しい建築物」**。
柱や梁の一本一本が見えるように演奏すると、そのすごさが現れてきます。
② モーツァルトの時代――ピアノが「しゃべり始める」
モーツァルト(1756~1791)の時代になると、ピアノは急速に発達していきます。
チェンバロとは違い、指のタッチによって強弱を表現できる「フォルテピアノ」が広がっていきました。
ここから音楽の表情も変わります。
バッハの音楽が精巧な建築だとすれば、モーツァルトの音楽は「会話」に近いかもしれません。
問いかけがあって、答えがある。
笑ったと思ったら、少し寂しそうな表情になる。
そんな人間らしい変化が、短いフレーズの中にたくさん現れます。
モーツァルトを弾くときのポイント
- フレーズの始まりと終わりを感じる
- 強弱の対比を明確にする
- 音を必要以上に重くしない
- ペダルを使いすぎない
- 歌うけれど、過度に感情的にしない
特に難しいのが「軽さ」。
軽く弾くというのは、弱々しく弾くことではありません。
一音一音が明瞭なのに、音楽が自然に前へ進んでいく。
これが古典派らしい美しさのひとつです。
③ ベートーヴェン――ピアノが巨大化していく時代
そしてベートーヴェン(1770~1827)。
彼の生涯は、ピアノという楽器そのものが急速に進化した時代と重なっています。
音域は広がり、音量も増し、より力強い表現が可能になっていきました。
ベートーヴェン自身も、そうしたピアノの可能性を押し広げるような作品を書いています。
だから同じ古典派でも、モーツァルトと後期ベートーヴェンをまったく同じ感覚で弾くのは少し違います。
ベートーヴェンでは、
「音楽がどこへ向かっているのか」
という大きなエネルギーが重要になります。
静かなところからクライマックスまで、長い距離をかけて音楽を作っていく。
これは次のロマン派へとつながっていきます。
④ ショパンの時代――ピアノが「歌う楽器」になる
19世紀になると、ピアノはさらに進化します。
鉄製フレーム、強い弦、大きな響き、広い音域。
私たちが現在知っているピアノに、かなり近づいてきます。
そしてショパン(1810~1849)。
ショパンの音楽で大切なのは、なんといっても**「歌」**です。
ピアノには人間のような呼吸はありません。
一度鳴らした音は、その瞬間から減衰していきます。
それなのにショパンの名演奏を聴くと、まるで人が歌っているように聞こえます。
ショパンを弾くときのポイント
- メロディーを声のように歌わせる
- 左手と右手の音量バランスを作る
- ペダルで響きをコントロールする
- 強弱の幅を大きく使う
- ルバートを使って自然な「呼吸」を作る
「ルバート」とは、テンポを機械のように一定にするのではなく、音楽の流れに応じて微妙に伸び縮みさせること。
ただし、好き勝手に遅くしたり速くしたりすることではありません。
揺れているのに、音楽全体の流れは失われない。
ここがロマン派演奏の面白さであり、難しさでもあります。
⑤ ドビュッシーになると「響き」そのものを聴く
さらに時代が進んで、ドビュッシー(1862~1918)などの音楽になると、ピアノの使い方はまた変化します。
ここでは旋律だけでなく、
「響きそのもの」
が音楽になります。
ペダルを使って音を混ぜたり、高音と低音の距離によって空間を感じさせたり。
同じ「ド」の音でも、前後にどんな音が鳴っているかによって色が変わって聞こえます。
絵画に例えるなら、線で輪郭をはっきり描くというより、光や色彩を重ねて景色を作るような世界です。
だからドビュッシーをバッハと同じタッチで弾いても、なかなかその魅力は出てきません。
同じピアノなのに、弾き方が変わる
こうして並べてみると面白いですよね。
バッハ――構造・声部・アーティキュレーション
モーツァルト――会話・バランス・自然なフレーズ
ベートーヴェン――構築・方向性・ダイナミズム
ショパン――歌・呼吸・響き
ドビュッシー――色彩・空間・響き
もちろん、これは単純化したイメージです。
「バッハではペダル禁止」「ショパンなら自由にテンポを揺らしていい」というような絶対的なルールがあるわけではありません。
演奏家によって解釈も違います。
それでも、作曲家がどんな楽器を知り、どんな音を思い描いて曲を書いたのかを知ることは、演奏を考える大きなヒントになります。
楽譜には「音符以外のもの」も書かれている
ピアノを習い始めると、まずは
「正しい音を弾く」
「正しいリズムで弾く」
ことを練習します。
もちろん、それはとても大切です。
でも、その先にはもう一つ面白い世界があります。
「この曲は、どんな時代に生まれたんだろう?」
と考えてみることです。
バッハの曲を弾くとき、18世紀の鍵盤楽器を想像してみる。
モーツァルトなら、当時のフォルテピアノの軽やかな音を想像する。
ショパンなら、ピアノが歌うとはどういうことなのか考えてみる。
すると、今まで同じように見えていた楽譜から、まったく違う景色が見えてきます。
ピアノの面白さは、鍵盤を押せば音が出ることだけではありません。
300年以上前に書かれた音楽を、現代の楽器と自分自身の感性を使って、もう一度この時代に生み出すこと。
そこに、クラシック音楽を演奏する面白さのがあると思います。